ドリームのつぶやき ~利用者・スタッフの声~

(寄稿)通所三年雑感                     <30歳代男性>

お久しぶりです。初めての方は初めまして。

自分はB型作業所ドリームボールに通い始め、今月で丸三年を迎えようとしている者です。
以前こうして拙文をしたため寄せたのが一昨年……早いような長かったような。
個人な来歴は二年前の方でも書いたのでなるべく割愛しますが、自分は学生時代に身体を壊
してしまい、その後数年間半引き篭もりのような生活を送っていました。そんな鬱々とした
日々の最中でひょんなことから福祉系NPOに繋がり、こちらでお世話になり始めたという
次第です。気付けばすっかり、作業所内ではかなり古参の部類になってしまいました。

野球ボールの修理、時々に応じた内職、或いは隣接する野球場──公園内の整備管理。
現在ドリームボールが担っている作業は大よそこんな感じに分かれています。自分は生来の
インドア派で無駄に几帳面なため、メインであるボール修理に専ら掛かっているメンバーの
一人となって久しいというのが、自身の近況と言えるのでしょう。

尤も、利用者さん全員が全員、作業に没頭できるという訳ではありません。性分や体力など
によって合う合わないがありますし、そもそもまだ働き回るという段階ではない・難しいと
いう方もいます。或いは体調の波によって、その可否が変動する場合だって珍しくない。

毎日の生活のリズムを整える為に出勤する。その行く先として。
理由はそれぞれ違っても、同じ痛んだ経験のある者同士、語らえる場として。

A型と違って正式な雇用契約(タイトな労働)に縛られないB型の、そういったのんびりと
した性格を色濃く持っているのがこの場所──ドリームボールなのかなあと、この三年通っ
てきて自分は思います。程度にもよりますが、静かに横になれる環境が用意してあるという
のが、如何せん燃費の悪い身体である自分にはちょうど良い。文字通り時間はすっ飛んでし
まいますが、何も考えず空っぽになってとにかく休むというのは、多分現代の日本人が想像
している以上に大事なことだと思うのです。寝起きに一抹の虚無感が襲ってくる場合もあり
ますが、沈んだ気持ちの少なからずは一度寝て「リセット」することで大分緩和──己から
(たとえ一時であれ)振り払えるのではないかと考えます。

……あまり皆が皆を、一つの方法論で括ってしまうのは宜しくないのでしょうが。

ただ少なくとも自分自身は、何年もの試行錯誤と「段階」を踏んだ経験の末、大分そうやっ
て徒に襲ってくる不安やら不全感やらとも付き合えるようになった気がします。一々という
か、落ち込むべき所を能動的に取捨選択可能になってきたというか。或いはこうなってしま
った自分を認める──“諦める”境地まで来たというか……。少なくとも自分はもう、いわ
ゆる「普通」からは零れ落ちたんだなあと思っています。馴染め切れなかったのだから、別
の生き方をするしかない。勿論、ある程度いわゆる「普通」に近似する形で暮らせるように
なればそれに越したことはないのだけど……。

なまじ古参なのと、周りの人達に比べて比較的「軽症」であってきたことと。
チクチクとボールを縫いながら、捌けた個数を数えながら、或いは汚れを拭ったり皮を張り
直したりしながら。自分はこの三年の間の、利用者さんの出入りを見てきました。ドリーム
での過ごし方に慣れて馴染みの顔になった人もいれば、途中で疲れてしまって暫く休んでし
まったり、或いはこうした場所に来ても馴染めなかったり思っていたものと違って?いたり
して余所へ移ってしまった人もいたり。そのことを責めるつもりは全くないのですが、後に
此処へ残り続けた自分という個人は、はたして何もできなかったのだろうか? と。

これは自分なりの解釈です。間違っているかもしれません。
痛んでしまった理由は人によって様々ですが、概してそこに共通しているのは「普通」と呼
ばれる振る舞いや考え方のテンプレート、ないし現実の世の中の仕組みに馴染めなかったと
いう『敗北感』が先ず一つその人の中にあるのではないかと思います。次いでそういった他
の「普通」の人達が「普通」にできることをできなかった、その失敗経験が故に強く意識す
るようになってしまった自分の「理想(○○ができなくては)」と実際の自分との『差』。
この理想──ここでは○○できなくては、という強迫観念──が漠然として大きければ大き
いほど、往々にして実際の個人はこれを遂行できない。何故ならそこへ至る為の段階を踏ま
える必要性よりも先に、理想を叶えるという目的の方へばかり意識を向け過ぎているから。
痛んで転がり落ちた当初は、自分も含めて、そこに中々どうして気付けない。意図せぬガス
欠からようやく回復してきて、慌てて手を伸ばしても届かない。その突きつけられた『差』
が更に『敗北感』を強め、そこからまた「できなきゃ」にギラつく。そうした勇み足が更に
意識としての現実としての『差』を大きくしてしまい、失敗はまた『敗北感』をその人の心
に植えつける。できなきゃという焦りと、またしても引き裂かれた自尊心で悶える……。

そうした悪循環が社会復帰(という言い方も、厳密にはどうなのかなあと思うのですが)を
目指す行動の中で起こるにせよ、悶々とする考えの中だったり心身の症状──体調の波の中
で起こっているにせよ。

正直言って、皆が皆の苦しみを、自分は読み取れません。目に見えて苦しそうだなという時
は気付けますが、そうではなくじっと己の中に抱え込んで押し黙っている限りは、中々こち
らから「どうしたの?」とは訊けない自分がいます。見当違いの返答をして却って苦しめて
しまったり、話だけでもと聞いてゆく内に共倒れになってしまったり。何よりもいち利用者
で、現在進行形で痛んだ人の一人である自分がしゃしゃり出ることは、自分が比較的軽症で
あったことを幸いにした見下しではないのか? 誰かを援けようとすることで自分が一段登
ろうとする偽善的行為ではないのか? そもそも専門家でもないのに、先輩面して寄り添う
資格なんてないのではないか……。

痛んだ人が「弱い」人間で、そうならずに済んだ人が「強い」人間なのでしょうか?
自分はそうとは思えません。少なくとも後者が転げ落ちる──力尽きて参ってしまって痛ん
でしまわない保証なんて何処にも無いのですから。事実今この社会は、そうした人達が続々
と生まれている地獄なのかもしれません。なのに社会は制度は、ややもすればそうした人々
を面倒と無理解で切り捨ててしまおうとする。
……かといって「普通」が「向こう側」が間違っているんだ! と声を上げて彼らをこちら
に引き摺り下ろす、というのも何だか違うよなあと思うのですよね。いや、ある程度啓発と
いう名で、そういった認知をさせる活動は必要なのでしょうが、少なくともそれらは自分の
すべき使命ではないような気がします。それよりも、自分はすぐ近くにいる同胞達を、少し
でも援けられればいいなあとぼんやり考えています。

……かつて、理想の自分と実際の未熟な自分との『差』からいよいよ逃げられなくなって、
壊れるという形でそのモラトリアムを延ばすことしかできなかった自分。
なのに当初は、鬱々沸々とこの世界を恨みました。何故自分を追い詰めた? 何故こんなに
も矛盾だらけなのに奴らは平然と突き進めるのか? その実は閉じ篭っていただけなのに。
届かないと分かってしまってからも、その理想(○○であるべき=○○しかない)に縋りつ
き、その現状を正当化する為に随分と屁理屈を捏ね回していたような気がします。

ただそれは──自分にとって必要な数年間だったのか? それとも遅過ぎた、無駄に費やし
てしまった数年間なのか?

はたして半引き篭もり生活の末、ドリームという作業所に辿り着き、仮にも仕事をしている
というラベルが自分に貼り付けられると、それまでの尖った憎悪と圧し掛かる肩の荷が急速
に軽くなって消えてゆきました。それだけだったんですね。少なくとも自分にはそれが切欠
になった。閉じ篭ってかつての「理想」と睨めっこしていても、キリがない。
(まぁ雑音を嫌って自分の部屋でインドアを満喫している、という意味では今も大して変わ
ってはいない気もしますが)

「認める」ということは「諦める」ということです。何かの本にも書いてあったように記憶
しています。厳密には今自身の目の前にある矛盾に対して「仕方ない」と諦めることで初め
て、背反する二つ──理想の自他と現実の自他を真っ直ぐ捉えられる。何も理想ないし目標
を目指すなという訳じゃない。目指すにしても、自分の現在のステータスの応じた段階を踏
んでいく必要がある。その事実を苦笑って許すことなのではないでしょうか。尤も「普通」
の人でさえそこをすっ飛ばしたがるし、途中で心折れて降りてしまう場合も少なくはありま
せんけど……。ただそういった「夢」的な目標と、生きると漠然とした命題とでは少々勝手
が違うのでしょう。難しそうなら、当座の理想を下げてもいい。とにかく足元を固めたり、
色んなアプローチをしていってもいい。なのにそういった違ったやり方をどうにも許さない
社会であるもんだから……続々とが人々がその「普通」から零れ落ちてゆく。

自分自身、未だに時折体調の波と気持の波、何よりそういった上下する幅があること自体に
大きく凹むことがあります。本当にこの先やっていけるのか? と頭を抱えたりもします。

それでも、どうせ此処まで来たのなら、自分なりのアプローチで進んでいこうと思います。
というよりも、そういった進み方・登り方しか、実質的な選択肢は残されていないんだろう
なあと思わされることしきりで……。その自分なりのアプローチが、経験が、もし他の誰か
痛んだ人達の役に立つのなら、これほど一石二鳥なことはない。……傷つけられて、傷付い
て、俯いて。つい自分みたいな人間は上げた顔で他人びとを恨むように睨む──自分が被害
者だ、施されて当たり前だと考えがちだけど、相手だって人間。応対には限界がある筈で。
かのキング牧師曰く人生で大切な事とは『他人のために、あなたは何をするか?』なのだそ
うだ。要するにギブアンドテイク。与えて欲しければ、先ず与えよ。情けは人の為ならず。
誰かを思うその中で、誰かに思われる瞬間がある。……尤も、そういった機微を知らない・
解さない相手だと苦労ばかりするのだけど。そこはまあ、その人が「与えろ」に染まったま
まなのだと割り切るしかない。そういう意味でも、諭して導き、寄り添う誰か──援ける人
がこの社会には必要なのだという証でもあると思うのです。被害者が加害者になり、また別
の被害者、傷んだ人を生み出してしまうなんて……哀しいじゃないですか。損ですしね。

随分、長々と話してしまいました(これ、要領を得てるんだろうか?)

ともあれ、自分はこんな感じでのろのろと歩いています。気付けば色んなことを任されて、
こなせるようになってきました(これも「できた」の積み重ねかな?)如何せん体力などは
全盛期には戻らないけど、もっと色んなアプローチが噛み合う世の中を作る、そのお手伝い
ができればいいな。

チクチクと。播磨の山里から、そんなふわっとし過ぎな気もする願いを込めて。
                                 2018年 3月某日
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ここで少し、事業所の近況をば。
先日、例年の通りの避難訓練がありました(写真は利用者さん達と、市役所及び消防署の方)
小さな事業所ですが、もしもの時に備えるに備え過ぎるということはありません。