ドリームのつぶやき ~利用者・スタッフの声~

皆の心の春を待つ

 寒さの底からも気付けばすっかり遠退き、入れ替わり立ち代わりに差す陽の暖かさの方が、段々
とその存在感を増したように思います。ばたばたっと、また月日の流ればかりが早い──特に今年
は、何かにつけて枕詞に「平成最後の」がくっ付いてくるせいで余分な物寂しさが付きまといがち
ではありますが、それでも春の訪れというのは気持ちの良いものです。

 年が替わって早丸三ヶ月──最初の四半期が過ぎようとしている今日この頃、皆さま如何お過ご
しでしょうか? 一時のことを思えば随分と暖かくなったとはいえ、まだ季節の変わり目で天気も
頻繁に変わります。(主に気圧や日照による)体調の変動には、くれぐれもお気をつけください。
ようやく芽吹きの頃合いとなってから寝込むというのは、身体以上に精神も大きく参ってしまいが
ちですので……。

 此処B型作業所「ドリームボール」も、早いもので開設から丸四年超、五回目の春を迎えようと
しています。前回つぶやきでも言及しましたように、併設の相談事業所も動き出し、利用者さんの
定員数も十人から二十人へと増えました(手続き上のあれこれ。厳密には平均の実働人数でもって
換算されます)更にかねてより水面下で進めていたもう一つの新事業・クッキー作りも、先月よう
やく初出荷にまで漕ぎつけられました。
 調理師免許を持つ利用者さんを中心に、交代でサポートに入ってくれている職員達も。
 本当によくここまで頑張ってくれました。お疲れ様です、ありがとう。今は初動の段階で、暫く
の間は注文対応に忙しいでしょうが、一旦落ち着きさえすればもう少し自分達のペースを優先させ
てゆくこともできる筈です。何より市農林課など行政、及び各方面の皆さんには多大なるご支援を
いただきました。簡単にではありますが、改めこの場を借りて最大限の感謝を。福祉事業所という
性質上、まだまだ至らぬ部分もあるとは思いますが、今後とも温かく見守ってくだされば私どもと
としても幸いです。

 西脇市の特産品である「金ゴマ」及び「苺」を使ったクッキーとなっております。現在、道の駅
や北はりま旬菜館(農産物直売所)などで販売中です。同市観光・訪問時のお土産にもどうぞ。
(※小規模な事業所のため、一度に作れる数量には限度があります。予めご了承ください)

 ようやく新事業らも一段落がつき、されど息をつく間もなく今度は年度替わりのあれこれ。

 月日の流れは本当にあっという間ですね。実際嘆いている暇もなく、やるべきことは次から次へ
と現れる。全ては私達が始めたこと、この先この場所が五年十年と続いてゆく為ではありますが、
日中の多くを外回りに費やしていると、はてさてあの子は元気にやっているだろうか? あの子は
一歩前に踏み出せただろうか? 等々気がかりが過(よ)ぎることしきりです。
 それでもここ暫く、私が事業所を空けて走り回れるのも、職員に加えて利用者さんの中から各々
の「仕事」を任せられるほどの人材が出てきた──この居場所を託してゆける環境が少しずつでも
整い始めてきた証であるのだろうなあと、内心嬉しくもなります。
 疲れる身体と相殺し、いや、紛らわせて。そんな未来図を楽しみにしながら。
 まだもう少し、頑張らなければ。彼らからら貰ったエネルギーも含めて、少しでも世の中に恩返
しが出来るように。与えることの喜びを知れば、彼らの人生もまた豊かなものになる筈……。

 しかしながら実際は──いや、このような事業所だからこそ──利用者さん全員がそう上手く進
んでゆける訳ではありません。
 中々どうして、誰もが回復と落ち込みを繰り返して。余裕をもって定員を増やしたとはいえ、そ
の全員がコンスタントに元気な顔を見せてくれている訳ではなく。
 地道にコツコツと通い続け、自分なりの「出来た」を積み重ねてきた利用者さんもいれば、未だ
自らの抱える症状に苦しみ、今も闘い続けている利用者さんもいます。或いは病の深刻さ(心身の
ハンディキャップは勿論の事、それ以上に社会性諸々としばしば衝突する当人の性質的問題)それ
自体と未だ向き合えない利用者さん、そもそもドリームボールを含めた「外」側へ出向くことも今
は辛いという利用者さんも、その時期その季節においては散見されるというのが現状です。

 季節は一巡して前に進んでいるのに、自分はと言えば……。

 病の原因・背景は人によって様々ですが、少なくとも貴方一人「だけ」に帰する訳ではないし、
同時に貴方「以外」にばかり求めるというのもまた違う筈です。大よそ問題と呼べるものは、いつ
だってお互いに絡まり合うことで難しくなってしまいますが、それは一方で見方を変えれば絡み合
う双方の在り方を見直す──解(ほど)いてやることで、解決に向かい得るのだとも言えるのでは
ないでしょうか?

 基本は落ち着き、ゆっくりと痛んだ傷を癒せる場所を用意すること。信じて見守り、待つこと。
 ただ場合によっては──根治という意味で、専門の医師等とも相談しながら──私達もより能動
的な対応が求められてゆくのかもしれません(どの段階で干渉になってしまうのか? その辺りの
線引きが、福祉に携わる人間にとっては一番の難問になる訳ですが……)

年の瀬迫る、束の間にて

 ようやく時間を見つけて雑感を引き出そうとしたのに、気付けば今年もあと一週間を切っている
という事実に思わず嘆息。もう何度繰り返した言葉か分かりませんが、本当に時の流れは早く、そ
して容赦ない。いち老人に手が届きそうになっている個人が苦笑する分ならともかく、生き辛さを
抱えて苦しむような──こと私どもがその支援に携わっているような人達からすれば、こうした時
の定量的速さも、そんな痛みや嘆きに少なからず拍車を掛けているのだと思うと……。

 またもやお久しぶりです。今回は珍しく「足跡」の方と同時更新となります。対外的なお知らせ
はあちらでも詳しく言及している所ではありますので、こちらは多少割愛させていただきますが。
 前回の「つぶやき」でもちらっと書いた、新たにドリームボール内に置く相談事業所の件です。
専門の相談員などとも話し合った結果、名前は『太陽の家』に決まりました。既にホームページ上
でも(スポーツコラムを移動させて)専用の紹介ページも用意し、今月いっぴから正式に業務を開
始している所です。既に関係各所には挨拶回りなどを行っていますが、こちらではすっかり事後的
な報告となってしまいました。すみません(この記事でも一応、直接リンクを貼っておきます)

 ……さてはて、そんな内々の事情もあり、ここの所毎日のように動き回ざるを得なく。

 少々格好をつけてみるならば、東奔西走とでも言うべきでしょうか。新しい業務と事業、定員増
を実現させる為とはいえ、試行錯誤の日々はどうしたって忙しい。利用者さんも一時のことを思え
ばすっかり多くなり、日々賑やかさを増してはいるのですが、こう私達スタッフが動き回っている
ままだと、以前のようにまた利用者さん一人一人への眼差しが疎かになるのではないかという心配
はどうしても拭えませんね。それでも皆さんとてもいい人で、気付けば老若男女問わずに和気藹々
としている場面も多々見られる。……本当に私達は利用者さんに、縁に恵まれたのだなあと。


 如何せん手狭になってきた空間の中で、それでもあーだこーだと弄くり回して暮らす。

 夏場に伝手を頼って増築した、外側の作業スペース然り。
 やれ他の利用者さん・スタッフと隔絶されてしまってはいないか? 寒くはないか? 不満だっ
たり改善すべき点はないか──? 四季折々、移ろい変わる自然の風景と作業所内置かれる風物詩
的なあれこれ(今ならクリスマスツリーや、利用者さんお手製の門松など)をはたっと見かけては
穏やかな気持ちを抱かせてくれるものの、大きな問題とは時として、一見そんなゆったりとした時
間の中でこそ進んでゆくものなのだと判りました。これまでの経験から、何度だって。

 「静」と「動」。賑わいの広まり一つにだって光があり、影がある。その人の輪にすんなり入り
込めて癒される利用者さんもいれば、逆にちょっと煩わしく思ったりもする。こと「仕事」という
日々の営みを通じてこれらを見るとなれば。意識の違い、症状のレベルや性質の違いも勿論大きな
要因ではあるのでしょうが、あまりにそうやってお喋り一辺倒だったりすると、就労支援という体
って一体何だったっけ? となりかねません。こっちは黙々とやっているのに、彼らはどうにも身
が入っていない。けしからん──何もそれは、単純にB型事業所という形態や世代間の問題という
だけではなく、いざ社会に出て行った先でも同じく出会いうるケースである筈なのです。

「もうちょっとその辺りを、自覚できるようになったらなあ」

 そんな、どちらかと言うと「静」の側に馴染む利用者さんは言います。尤もご本人自身、そうや
ってタイプの違う人間と距離を取る──気持ちを“閉じ”がちなのは良くないんだと語ってくれま
したが。いざ心地よい環境があればどんどん進んで行ける方もいれば、逆にそもそも他人と交わる
こと自体がどうにも苦手、という方もいます。だからこそ私達がどちらかへと強制するなんて真似
は出来ないし、すべきではないのですが、何とかこの両者の良い部分を補い合える経験(出来た)
をアシストできればいいんでしょうね(一方では節度を学び、一方では積極性を養える?)

 ……他人や雑音に慣れるのも訓練の内ですし、それらをなるべく自らが発さず、場において求め
られる「仕事」をこなすのもまた、訓練の内。

 単に労働という意味合いだけではなく、その立ち振る舞いも含めた、と言うべきでしょうか。
 個々人の病状・段階によるとはいえ、究極「生き辛さ」を抱える原因はそこに収斂するのだろう
と私は考えるようになりました。確かに社会の画一的な制度、障壁がそこに適応できなかった人々
を苦しめている面は少なくないにせよ、一方で私達はどこまでそれを「間違っている!」と真正面
から対峙すべきなのだろう? 昨今の世の中の動き、寧ろしばしば非寛容のそれへと突き進んでゆ
く国内外の事件・出来事をニュースなどで見るにつけ、もやもやとした思いが残ります。大に共生
を求めるというよりは、いわゆる「普通」から弾き出されても、キャッチしてくれる誰かがいる。
その担い手となる、担い手を育てる──そんな舵取りをした方が、私達はまだ何とかやっていける
のではないか……?
 尤も実際問題、障害の度合いなどによっては難しいのでしょうね。それでもある程度、痛んだ側
も「成長」をしなければ。ただそれは、自分自身の為であって、決して貴方を追い遣った誰かの為
ではありません。そこだけは間違いなく言えます。必ずしも目に見える形でなくてもいい。
 生きることとは折れること。相手の一部をゆっくりとでも包容し、必要ならば自らを改める機を
惜しまないこと。確かに情熱だって、夢だって大事ではあるけれど、そこを悪い意味での拘りとし
て発揮してボロボロになってしまったら、結局傷付いてしまうのは貴方なのだから……。

 柄もなくいつも以上に大上段に語ってしまいました。忙しなさでおかしくなったかな?
 ともあれ、見守ることは勿論、必要とあれば──たとえ彼らに悪者と罵られようと──そういっ
たより能動的な支援も必要になる時が来るかもしれません。「じゃあ自己責任だね」と引くのでは
なく、それが本当の意味で“寄り添う”ことになるならば。それがきっと、支援者の“覚悟”だと
思うのです。

 共に生きる。良い部分も悪い部分も。
 拙い長文となりましたが、これにて年末の挨拶と代えさせていだたきます。

 どうかより多くの人々にとって、来年という一年が幸いな日々でありますように。

変わる為に、引き継ぐ為に

 目まぐるしい毎日を過ごしている内に、またしても前回の更新から間が空いてしまいました。

 すっかり冒頭の定型句となってしまった感がありますが、お久しぶりです。警報レベルの酷暑だ
った今年の夏も、喉元過ぎれば何とやら。尚も容赦なく、何度も列島を襲った「週刊台風」もよう
やくここに来て一段落し、此処「ドリームボール」の敷地内の木々も気が付けばあちこちで赤みや
黄色を帯びつつあります。……季節は確実に、前へ前へと進んでいるのですね。ここ暫くは季節の
変わり目ということもあって、昼夜の寒暖差が大きくなりがちです。皆さんも体調にはくれぐれも
お気を付けください。

 ……さて、こうしてホームページ用の文章をしたためる時間が中々取れないでいましたが、前回
からこれまでの間に、私達を取り巻く環境も色々と変わってきました。利用者さんの出入り──当
初の定員を再び超え始めたことと併せ、この場を借りて、今回ざっと報告と話題に代えさせていた
だきたく思います。

 一つは、この夏の間に事業所として使わせて貰っている建物の外側を囲うように増築し、新たに
作業用のスペースを設けたこと(事前に、関係各所からの許可は取ってあります)。
 もう一つは、この度資格を持つ専門の職員を新たに雇い、当NPO内においても就労支援の相談
事業を始めたこと(正式には来月いっぴからのスタートとなります)

 共にこれまでは受動的といいますか、既存の外部の相談窓口を経由して利用者さんが私達の下に
もやって来る・その存在を知って貰うといった形でしたが、開所から丸四年を迎え、今後増えてゆ
くであろう利用者さん達とそのニーズによりきめ細かく応える為にも、少しずつその体制を強化・
改善していこうというものです。自前で相談業務を担えるようになることで、地域社会の中で様々
なハンディ(悩み)を抱える方々をより能動的にすくい上げ、ひいては既存の事業者さん同士の連
携・業務量的な負担減にも繋がればいいなあと考えている次第です。
 まだまだ始まったばかりで、ノウハウの蓄積といったものなどもこれからという段階ではありま
すが、今後とも地域社会への貢献──その共生に、少しでも助力できれば幸いです。


 歳月が流れてゆく中で変わるものと、そう簡単には変わらないもの。

 職員の配置や毎月の事務仕事、今年に関してはこと増築でその玄関口が大きく変わった事業所の
建物などはその最たる例なのでしょうか。こちらがその気になりさえすれば、ごろっと変えること
のできるものは幾つかあります。しかしどれだけ私達が良かれと思い、こうしてはどうだろう? 
と試みた環境作りのその全てが、肝心の利用者さん全員に届くという訳ではありません。

 繰り返しますが、彼・彼女達の歩む速さは決して同じではないのです。むしろ標準的な「同じ」
について行けなくなった時にこそ、人は心を痛め、体を損なうのではないかとさえ考えます。
 そこに個々人の辿ってきたバックボーン──精神的ないびつや不足が加われば、その速さは更に
大きく異なってきます。当人自身でも御し切れないほどに、認識と現実が噛み合わなくなり、他の
誰でもない自分自身が苦しむことになるでしょう。……私達が彼・彼女のそれを身をもって知った
時にはもう、実は当人から溢れ出た(押し殺し切れなかった)一部に過ぎないのかもしれません。

 ……助けたい。何とかしたい。見ていられないから。

 うちですっかり古参となったある利用者さんは、そう思ってはみても、結局は自分の安寧の為=
エゴでしかないんじゃないか? と難しい顔をしていましたが、自問自答できている時点で充分に
善良だと返します。確かに志というのは大事ですが、何よりも手を差し伸べることに一々言い訳を
つけているようでは、それこそ助けを必要としている人々には響きません。私達も、利用者さん達
も、自分一人で抱え切れない・捌き切れない現実が目の前にあるからこそ、互いに分け合って前に
進むのです。そうして進む以外に、きっと方法はないのですから。

 人の進む速さはそれぞれに違って、また無理やりに変えることはできない。

 心理学的なアプローチを出すとすれば、即ち過去から現在まで引き継いできた、自身の“拘り”
を手放すことなのでしょう。それはこれまでの自分を作ってきた誉れだったり、存在への意味づけ
であってきた反面、自他を蝕むほど──それこそ病的に己に食い込んでは巻き散らすのなら、寧ろ
実際には“足枷”である場合が多い。ただそれが“拘り”だという自覚さえ、そもそも人によって
は無い場合もある。更に自覚したとしても、少なからぬ人がそんな目の前の(自他を蝕んでいたと
いう)現実に対して、少なからず抵抗しようとするでしょう。荒療治……と言ってしまえばそれま
でなのですが、病に留まる彼・彼女らを救う為には、やはり「他人」という外部のワンクッション
を挟まざるを得ないのです。勿論、それ以前の段階──先ずはゆっくり休まなくちゃ身も心もボロ
ボロだという方は、この例にはまだ当てはまりませんが。自分のペースで落ち着き、自覚し、己と
向き合いつつ癒えてゆくというのが、言わずもがな理想形ではあるのですし……。

 前回も言及したように、人が増えることで、軋轢が生じるリスクはどうしても潜在します。
 ですがそこ(他者・周囲との折衝)を含めての人生の経験値であり、それぞれがその歩む歩幅を
微調整するいい機会にもなると、私達は考えたい。組織としての新陳代謝、よりきめ細かなニーズ
に応えてゆく為の環境作り──既に何かしら痛んだ経験を持っているのに、また弾かれ「もう他に
場所がない」なんて結末になるのは……哀しいじゃないですか。お互いの為にも、少しでも選択肢
と呼べるものは多く用意しておきたい。それぞれに合った速さの靴を。あわよくばそれが他の誰か
と並んで歩けるぐらいのものに、少しずつ履き替えられたら。

 変わること。それはとても根気の要る道のりです。当人達は勿論、支援する私達にとっても。

 だからこそより継続的に、きめ細かく。いずれ次の世代に、また次の世代へと託してゆく為に。
 だからその為の準備を、今から進めていたって──早過ぎるだなんてことはない筈なのです。

 追記:祝・関西国際大学、阪神大学野球リーグ優勝!
    私達のボール修理がその一助になったのだとすれば、幸いです。

きっと熱量の試練

お久しぶりです。何かと忙しない身のため、中々こちらの更新作業まで手が回らないことが多く、
現状こうして文章をしたためるのが二~三ヶ月に一度ほどになってしまっています。それでも一応
ボール修理などの進捗だけは、スケジュール項目(今月の予定)にてお知らせするようにしている
ので、よろしければご参照ください。

去る列島を襲った豪雨を経て梅雨明けして一転、皆さんも嫌というほど見舞われていることと存じ
ますが、七月も終盤に差し掛かったこの連日、文字通りの酷暑──といった表現ですら生温いほど
の酷暑が続いています。
前回ここで書いた時もその気配はありましたが、本当に今までになかったほどの暑さ、異質であり
別次元の暑さ。先日は気象庁が「災害」レベルと異例の声明を出すほど、最早それ自体が危険と化
した猛烈な気温……。室内外を含めた利用者さん達にも、絶対に無理はしないように、水分補給と
休憩はこまめに取るように指示しております。
報道にある通り、実際に死者も続出している酷暑です。冷房も出し惜しみなく。私達も作業半分、
涼み半分目的なぐらいで何とか今年も乗り切らねば……。

さてこの二ヶ月ほど、此処「ドリームボール」内は“人の出入り”が多かったような気がします。
次の段階(ステップ)に向かうべく卒業した人、勉強に集中すると決めた人。自分の中で折り合い
が、闘いが進まなくて、一旦歩数を戻した人。もっと落ち着いた環境を求めていった人。或いは、
私たち事業所の存在を聞いて、門を叩いてくれた人──。

一時は当初の定員上限(十人前後)まで利用者さんがいたドリームボールでしたが、気付けばそう
して一人また一人、増えたり減ったり。勿論それぞれに事情や理由があり、私達の側から強制する
なんてことはできないのですが、今思い返すと、そうして当初に比べて大所帯になっていく中で、
“騒がしい”環境になっていたのかなあ? など。色んな人がいる、気配がある、音がある。そう
いった他者ありきの空間に慣れるということも訓練の一つではあるのですが、その一方でやはり利
用者さんによっては「賑やか」よりも「静か」な場所がいい=症状諸々として落ち着かないという
方もおられます。こと今日までの痛んだ経験に繋がっているとなれば、それらは決して単純な好み
で片付けられるものではない筈です。心の折り合いを学び、自らを慣らしていく一方、それらに要
する時間を環境を常日頃整え続けることも、私達の役目であるでしょう。

連日の暑さも含め、改めて落ち着いた環境を作らなければ。

冷房や休憩室は既にありますが、当初に比べて手狭になってきた各作業のスペースを、どうにかし
てもっとしっかりと仕切れないかと目下模索中です。部屋的なものをもう一つ二つ、増設できれば
だいぶ変わると思うのですが、実務的に色々とクリアしなければならない条件もあって……。現状
利用者さん達に不便をかけてしまっているのはもどかしいものです。前回のつぶやきでも言及した
部分ではありますが、環境の静と動、痛んだ経験を持つ者同士が故に、お互いの気質が噛み合わな
い時はより大きく拗れうる──ある種のミスマッチをなるべく起こさない為にも、今後はある程度
“少人数で落ち着いて”というベースを方針として優先させてゆく方がいいのかもしれませんね。
(尤も助けを求める声には、可能な限り応えたい気持ちに変わりはないのですが)

……今回も少し、手厳しい話をしましょう。そうですね、この暑さのせいかもしれません。

私達は、就労支援という形で活動しています。様々な理由で世間の「普通」から弾かれてしまった
人々を繋ぎ、願わくば次へ、そのまた次の段階(ステップ)へと進んで欲しいと思っています。
ですが……そういったこちら側の熱量に、必ずしも彼・彼女らが応えてくれる訳ではありません。
というよりも、当人らに他者・外側へ応じられるだけの余力が吹き飛んでしまっているケースが大
半なのですから、そもそも「リターン」を期待する方が間違っている、とも言えます。

とはいえ、そこでじゃあ全くの一方的な──奉仕する・されるの関係ばかりに甘んじていては駄目
だとも思うのです。いついつまでに、という期限がある訳ではない。でもこうして一度は踏み出し
てみようと門を叩いてくれたのだから、せめて「変わろう」という意識を持って欲しい。その歩み
がどれだけゆっくりで、いわゆる「普通」からすれば遠回りであろうとも、過去の傷と蓄えていっ
た余力の隙間に、それまでなかった『与える自分』が見えるようになったなら……少しは私達も、
何より変わることのできた自分自身に達成感、出来たという経験が芽生える筈です。それさえ見出
してくれたなら、その瞬間に立ち会えたなら、私達は得ることができる。貴方へと伸ばした手に、
意味があったのだと再確認できる。人はただそこに在るだけで尊いのけれど、それぞれの“意味”
は走り終えた後にしか見えてこないのです。与えて、与えられて……そうした繰り返しを振り返っ
てみることで、ようやく自分は○○だったんだと胸を張れる。そう考えます。
過去の傷を──その本体は多かれ少なかれ過ぎ去ったのに、ずっと後生大事に抱え込んで俯き続け
る人生よりも、少しでも挽回できた方が、スッキリするとは思いませんか? 減点方式はジリ貧で
すが、加点方式は今後の貴方次第で取り戻せる。確かに当初描いていた人生とは違ったものになっ
ているかもしれませんが……それは今更のこと。加点、与える経験と喜びが増えれば、相対的にも
貴方の痛みは減っていくかもしれません。私達支援者にとってはそれが、貴方が『与える人』にな
ってゆくさま、それ自体に立ち会うことである訳で……。

少々いやらしい言い方をすれば、貴方が誰かの「役に立つ人」になることです。その機能性・価値
の有無でイコールで貴方の存在自体を評価してしまうのは危うい(それこそ、何かしらの理由でも
って弾き出されたという最初に戻ってしまうから)のですが、一方でそういった面が今日の社会で
生きていく上での指標──ニーズとなっているのも哀しいかな、また事実なのです。

出来ることなら、私達はそういった一面性を多面へと削り直す一助になりたい。どうしたって私達
も人間。持てる熱量やリソースは、注げる総量は限られてしまいますが。

より多くの人達が、今此処に居ていいんだと、胸を張って生きられる社会を。
結果的にそれらが巡り回って、より多くの『与える人』が増えれば、たとえ少しずつでも、個々が
弾き出されることも痛むことも減ってゆくでしょう。如何せん逆説的ですが……おそらくそれが現
実的なアプローチなのだと思うのです。貴方の尊厳は貴方がそこに在ること。でも誰かの役に立つ
存在、与える人であれば、もっとそれらは輝く。担保される。全くの別物という訳でもない。

一緒に……登ってみませんか?
もし貴方にも、その熱量があるのなら。

追伸:小野や西脇高など、私達とエコボールで繋がりのある学校が、今夏の西兵庫大会で健闘を続
   けています。うちのボールが、球児達にとってのラッキーボールになっているのかな?など
   と、そうこっそり呼んでは応援している所です。

駆け足、混ざる季節に

葉桜が目に慣れてきたなあと思った頃、日差しと雨降りが入れ替わり立ち代わり、あっという間に
その色彩は、全く別な濃い緑へとすげ変わってしまいました。

これまでとは質を異にする日差しを始め、確かに迫って来ている初夏の気配。
私事ですが、この五月はNPOにとって事務的な節目であるため、尚のこと季節の一巡を意識して
しまいがちですね。
事業所としても、先日から今年の金ゴマ作業(農福連携)が始まりました。昨年の経験を踏まえ、
より多くの実りが獲られればいいなと思います。日に日に暑くなってゆく──存外に体力を奪われ
てしまう時期ですから、作業に加わってくれる利用者さん達にも、水分補給を欠かさないようにと
注意を促して。

またボール修理に関しましては、年初~先月にかけ、立て続けに多くの依頼を受けています。
現在は丹波ベースボールクラブと神戸弘陵高校、更に関西国際大学。提供開始から早丸一年近くが
経ち、新皮バージョンも皆様に周知されてきているようです。なるべく早く且つ丁寧に仕上げたい
とは思っておりますが、如何せん同時並行的に作業している分、全て捌き終わるには時間が掛かっ
てしまうように思われます。ある程度キリのよい量毎に、段階的に納品させていただきますので、
申し訳ありませんがもう暫くお待ちください……。


先述のように、事務的な節目という背景以上に、この春から夏にかけての一連の大きな季節の流れ
は、利用者さん達の出入りもまた大きくなりがちであるような気がします。

気候が温暖から暑いほどに変わってゆき、その変化に身体が堪え、それが精神の不調へと連鎖して
ゆく人。歳月の変わり目を越え、思う所が自らを重く縛ってしまう人。刻み続けた作業所での日常
の「先」を思って焦ったり、静かに煩悶する人。或いはその節目を切欠とし、えいやと私たち支援
者の門を叩いてくれる人。

人が増えればそれだけ賑わいも増すけども、一方でそれぞれの胸の内に温度差と呼べるようなもの
が生まれてくるのもこの季節。尤もそれ自体は、一年を通じて(入ってきた時期の違い故に)発生
するものではあるのですが、これが人によっては何とも言えない居心地の不安定さ──「躓いた」
と感じる理由になりうる。結果、折角(成り行きと共に)選んだその新しい環境に腰を下ろすこと
ができず、心の中に残るのは「失敗した」という記憶と更なる焦りばかり……。

勿論、その個別な感受を逐一咎めるなんてのは以っての他ですが。
(もしミスマッチが起これば、それは即ち私達の力不足という場合もある)

だけど、どうか落ち着いて欲しい。駆け足に早まってゆく季節や他の人達の姿に、貴方が合わせる
必要はないのです。人はそれぞれ違った段階(ステージ)と道(ルート)に立っているし、時間と
は元より私達の都合などてんて知らずに刻まれ続けるものなのですから。貴方には貴方の早さが、
今貴方に求められている段階(ステージ)がある。道(ルート)はいずれ自分の意思で選ばなけれ
ばならない時が来るでしょうが、それが他人と違うことを恥じる必要はない。それが上だの下だの
と値札を貼る意味──メリットは案外少なくって。

どうか貴方にとって、最良の道のりを。

そんな選択の傍らに立ち、お手伝いが出来ればいいなと、私達は考えています。